空き家を探す

2022年03月09日
たにべえ

GIGA


クロワッサンを食べている。緑茶とともに。コーヒーじゃないことに自分の中にある小さな『粋り』を感じる。
30歳になっても『粋り』は衰えを知らない。

自宅から車でしばらく走ったところ。『東出雲』という町。『ザビッグ』はそこにオープンした。

このクロワッサンは30個くらい入っている。でかい。
甘くてうまい。食べ始めれば止まることを許さない。中毒性は『かっぱえびせん』より容赦ない。
これは『ザビッグ』で買うことができる。『ザビッグ』といえば広島に住んでいた頃にも通い詰めた見慣れたスーパーだ。

僕は幼少期からスーパーが割とスキだ。スーパーにはたくさんの思い出がある。大手小売企業の管理職を長年勤める父に連れられ、転勤するたびにその地域の新店に連れていかれた。買い物に行くといつも父は険しい顔で売り場を練り歩いた。父だけ歩くペースが遅い。家族が精肉コーナーにたどり着いた頃、大抵父はまだ青果売り場にいた。
母は父のペースに合わせ、特に買うものもないスーパーでカートを押して歩き回っていた。中々なカオスである。子供ながらに「はよせぇや!3Gか!」と思っていたが、
当時の父は朝早く出て夜遅く帰ってくる『たまにしか会わない大人』だった。そんな大人に軽い気持ちでおもんないツッコミをいれようもんなら、メッタメタに怒られそうで怖かった。その度胸もなかった。それに、当時の『3G』は最速だった。


引っ越して母が通うスーパーが変わるたびに不安になった。なぜならスーパーの構造を把握するところから始めないといけないからである。
通いなれたスーパーは売り場の構造を把握しているからすぐにお菓子売り場に進みお気に入りのお菓子を手に取って母の元に戻ることができた。
それは、脳内でお菓子を選ぶのに迷った時間に応じた母の居場所を予測していたからだ。

「今日は迷いすぎたな。」と思ったら母はよりゴールに近い売り場に進んでいるし、

「今日はすぐに決まったな。」と思えば母はあまり動いていない。言うまでもないが、ここでいう『ゴール』とは『レジ』のことである。

通いなれたスーパーでの母の進行ルートは把握済みだ。『青果→鮮魚→精肉→乳製品→冷凍→ゴール』という王道を進む。邪魔者はいない。
しかし、そうして培った経験は引っ越すたびに毎回悉くゼロにされた。
僕には妹がいる。たかが近所のスーパーであろうが、妹を連れて母の元から離れるという行為=妹を連れて無事に戻ってくるというミッションを課せられる。悲しい宿命を持った生き物。それが兄である。だから引っ越して通うスーパーが変わるたびに不安だった。初見はとくに不安だ。
そして嫌な予感は当たる。母も迷っている。進行ルートがめちゃくちゃだ。青果のあとにふりかけコーナーに行くな。そのあと鮮魚も精肉も経由せずに冷食選ぶな。勘弁してくれ。こうして世の迷子は生み出される。例外はない。


「ビッグ♪ビッグ♪ザビッグ♪」というBGMとともに思い出に浸っていた。そういえば数々のスーパーを巡るうち、スーパーのテーマソングにもいつしか精通していた。
お気に入りは『ディオ』のソングであるがこの話は長くなるので割愛する。

島根に移住して3年。やはり生活の身近にあるスーパーには安心感が求められる。移住者ならなおさらである。
「通いなれたスーパーにできることなら通いたい。」という僕の切な願いは前述した幼少期の経験からくるものだ。
ちょっと家から遠いところにあっても、名前を聞いたことのあるスーパーの方が既視感があって安心する。ポップやパック、冷蔵ケースすらもである。
島根も既視感のあるスーパーで溢れかえってほしい。


クロワッサンを食べている。緑茶とともに。コーヒーじゃないことに自分の中にある小さな『粋リ』を感じる。
30歳になっても『粋り』は衰えを知らない。年を重ねた『粋り』は厄介すぎる。気を付けよう。

そんなことを考えていたら娘たちが学校から帰ってきた。「ただいまぁ~!!」と音量36くらいの声で叫んでいる。
「バンッ!!」とランドセルを投げたのか落としたのかわからない。が、さっそく中から何かを取り出している。
最近『GIGAスクール』が始まった。こんな田舎でもICTとやらに触れることができるのはありがたい。タブレットを手に入れた娘たちは一目でわかるほどに浮かれていた。飛んでいきそうである。

『ペイント』を開いて何やら画像を加工している。背景を消して文字をいれて。と、いかにも小学生らしい楽しみ方をしている。
今思えば何がおもろいんかわからん。パソコンの授業中に自分もよくやったけど。もう少し大人になれば『ソリティア』になることを彼女たちは知らない。

何も言ってないのに「タブレットを触るのも宿題じゃけぇね!!」と強めに言ってきた。やかましい。
「なんやその宿題。」と思ったが、目の前にクロワッサンがあったのでツッコむのをやめて「ふーん。」と言った。


しばらく沈黙が続いた。

僕はスマホをかまい、娘はタブレットで引き続き『宿題』に取り組んでいた。

ふと娘が口を開いた。


「父さん…、みて。」

声のトーンはさっきの音量36とは打って変わって落ち着いた様子だ。
おもろい画像が完成して「ぎゃははは!!見てー!!」というテンションでもない。
『ペイント』を使っている小学生のテンションとは思えないトーンだ。


「なに?」と僕がだるそうに答えると、小2の娘が見せてきた画面にはこう書いてあった。




「打ち合わせお疲れ様ですいつもお世話になっております。ありがとうございます。」






「なぁ、ペイントはそーゆうソフトちゃうで。」



「ふーん。」


「GIGAやなぁ…。」と思った。



 
おわり。






【ライター紹介】
たにべえ。平成生まれ平成育ち。
2019年春~広島→雲南。
お酒大好き。3児の父。週7バスケのバスケバカ。