空き家を探す

2022年04月06日
たにべえ

ぽてち


「そんなに食われたないなら名前書いときなさい!!」

誰もが一度は言われたことのある言葉ではないだろうか。
特に兄弟の多い家ではお菓子をいつもストックしてある場所にある『ポテチ』が誰の調達したものであるかは重要な案件だ。
味で判断できるならよいが、厄介なのは毎回違う味を買うことを好むやつがいるということだ。

僕の実家では85グラムのコンビニ仕様の『ポテチ うすしお』は大抵父のだった。母が割高のコンビニでわざわざ『ポテチ』を買うはずないからだ。
妹であればスーパー仕様60グラムの『ポテチ うすしお』。少し迷うのはBIGサイズ。これは母が浮かれて買った可能性も大いにある。
もしくは妹が友達を連れてくる予定が入っている場合。これを食せば間違いなく母と妹から制裁を受けるので慎重な判断が必要である。

父親になった今、僕は『うすしお』か『九州しょうゆ』の二択と決めている。これは家族を迷わせないための重要な意思表示だ。
『のりしお』なら次女、『しあわせバタ~』は妻のである。妻の『しあわせバタ~』好きについては数年前からなんとなくイラッとしている。
ちなみにこの『しあわせバタ~』の「しあわせ」には理由がある。バター・はちみつ・パセリ・マスカルポーネの4つの素材を合わせて“4あわせ(しあわせ)”だ。
ちゃんとしている。ここまでちゃんとしていると『うすしお』や『のりしお』がかわいそうになってくる。ポッと出の後輩のイきり具合に心中お察しする。
さらにこの『しあわせバタ~』の「~」の部分、これは完全にチョケている。チョケもいいとこのチョケ。ギャル。

カルビーのネーミングセンスについて論じるのは他の有識者に任せるとして、少なくとも数ある定番のポテチの中から『しあわせバタ~』を好んでいる私、どう?という妻に対してはやっぱりイラッとする。
もっと『Wコンソメパンチ』とかあるやろ!と思う。

『Wコンソメパンチ』はなんだか良い。大先輩である『コンソメパンチ』のことをすごく立てている感じがする。リスペクトを感じる。
「俺、コンソメさんにあこがれてこの世界入ったっす!!」という感じもする。実力もあるかわいがりたい後輩感がある。
『コンソメパンチ』も悪い気はしないはずだ。「W」がつくことによって一見、味が濃くなった後輩に先を越されたかのように見える。しかし「W」はあくまで『コンソメパンチ』へのリスペクトを持っている。
「W」は『コンソメパンチ』というベースのスタイルを持っていることですでにリスペクトしていることになる。あくまでベースは『コンソメパンチ』なのだ。『コンソメパンチ』がいなければ今の自分はいないのである。
『コンソメパンチ』が好きなファンの上に「W」のファンが乗っかっている形なのだ。だから『コンソメパンチ』からすれば「W」が人気だろうが『コンソメパンチ』が人気だろうがどっちでもいい。
『コンソメパンチ』という“芸風”そのものを評価されている。そんな余裕を感じる大先輩とともに歩む「W」はいいやつであることは間違いない。

そんなことに想いを馳せていると、妻が買い物から帰ってきた。
妻はひどく疲れていた。その日は買い物から帰ってきて「あーめんどくさっ。」と一言漏らした。
「しあわせ」不足だろうか。それとも「バタ~」の方か。いずれかを早急に補給した方がいいくらいには疲れていた。
冷蔵庫に買い物してきたものを入れる作業もめずらしく渋っていた。「今日はなんにもしたくない!」という日があるらしい。
うなだれた30歳 女性を元気にする引き出しを凡才の僕は持ち合わせていなかった。少し申し訳なく思った。
「まぁコーヒーでもいれるわ。」といったあと緑茶を入れて飲んだ。やっぱり緑茶が良かった。
その日、妻が買った買い物袋の中に『しあわせバタ~』はいなかった。こんな日こそ『しあわせバタ~』やろ。ギャルのテンションが助かるやろ。と思ったが代わりに『オーザック』が入っていた。
「オーザック?」と咄嗟に思った。『オーザック』は『ポテチ』か。いや『ポテチ』だ。ハウス食品がお届けするじゃがいもを使った“食品”ではないか。
「オーザック ポテチ」で検索すると、ハウス食品のサイトにも「ポテトチップスです。」の一文があった。間違いない。『ポテチ』だ。

『オーザック あっさり塩味』は留学生だ。ホームステイ先は『とんがりコーン』の家だった。
『とんがりコーン』の家は大家族なので「なんでも自分でやりなさい。」という家訓がある。
『オーザック あっさり塩味』はすぐに母国が恋しくなったが、喧嘩は絶えずとも日々成長する『とんがりコーン』家の人々から“家族愛”を学んだ。
あたたかな『とんがりコーン』一家のおかげで日本が好きになり、日本で就職することを決めた。社会に出るとすごいやつがたくさんいた。
どうやら『カルビー』という名前のついた奴らは由緒正しき血縁を持つ一族のようだ。「ポテチ界は同族経営色が強いから。敵に回さない方がいいよ。」と気の弱そうな同期からアドバイスを受けた。のちの『わさビーフ』である。
同じ留学生採用枠の『オーザック 磯のり塩味』はすでにのり塩一派に取り込まれていた。
自分はあっさり塩味ということで「あっさり塩味て新しいな。うすいよりいいなぁ。自分やるなぁ!」とうすしおから一目置かれた。
入社して2か月。だいぶ陳列の姿勢にも慣れてきた。ワゴンセールにされそうな雰囲気も今のところない。相変わらず同期の『カルビー』たちは飛ぶように売れる。
特に2週間前に本社から期間限定で出向してきた『夏ポテト』さんはすごかった。一瞬で売れた。キャリア組はすごい。
しかし人と比べても仕方ない。自分は自分のできることをしようと思っている。
今日の夜は『カルビー』たちがチョコレートコーナーに遊びに行くと言っている。パリピたちの遊びにはまだ誘われたことはない。自分はおかきコーナーの皆さんとオフ会をするのが小さな楽しみだ。
とくに『ミニサラダ』さんの小噺は夜中に聞くのにちょうどいい。

17時。今日も誰にも選ばれず終わる。そう思っていた。その時だ。
その30歳 主婦はとても疲れている様子だった。ノールックで自分を掴んで乱暴にカゴに入れた。
我々『オーザック』を手に取る人はたいてい勢いがすごい。「どれにしよおかな~…よおし!!今日はオーザックにしよう!」とはならない。
「オーザック、オーザック、オーザックっとお!」という調子である。これは新入社員研修でしっかりと学んだ。
何度も2回目の「オーザック、」で前のめりに倒れてしまい、後につづく「オーザックっとお!」の勢いに身をゆだねられない日々が続いた。そのたびに後ろのやつが売れていく。先輩に怒られたのが懐かしい。
そんな思い出に浸りながら、この後食される少しの期待と不安に胸を躍らせていた。



妻はひどく疲れていた。その日は買い物から帰ってきて「あーめんどくさっ。」と一言漏らした。
妻は移住してからというものたいていは生き生きとしているように見えている。キラキラ移住者としてメディアに取り上げられることも少なくない。
自分の出た番組のオンエアは見ない派という点においては「大女優みたいな対応すな。」と思うが、本当に色んなところに出させてもらっている。


そんな疲れからか、その日の夕飯はパパッと作れるものだった。というより、前日の夕飯が大量に余っていたのでそれだった。
それを消費しないと買ってきたものが冷蔵庫に入らない。というのが理由だった。なるほどと思った。
食卓には『オーザック』が恥ずかしそうにお皿の端っこに集まる形で並んでいた。
研修では皿に盛られるということまで教えてもらっていないようだった。



妻の疲れは限界を越えていた。



おわり。





 
【ライター紹介】
たにべえ。平成生まれ平成育ち。
2019年春~広島→雲南。
お酒大好き。3児の父。週7バスケのバスケバカ。