空き家を探す

2022年05月16日
たにべえ


私は『つ』。
皆さんご存じ、た行の3番目の『つ』である。
『ち』のあと、『て』の前の『つ』である。

私は最近あることに悩んでいる。ある小学生が私のことについて真剣に考えすぎて、
授業に集中できていないという事態に陥っているからである。
なぜその小学生が『つ』についてこんなに真剣に考えているのか私にはわからない。
しかしその小学生はしきりに『つ』について何かが引っかかっているような顔をしている。

私には3歳下の弟がいる。小さい『つ』、すなわち『っ』である。
『っ』については今のところその小学生は関心を持つ気配がない。
文章を書けば『つ』というひらがなは結構出てくる。
ひらがなの中でも私は比較的登場回数の多いひらがなかなという自負はある。

例えばここまでの文章で私は何回登場しているだろうか。
この文章の語り手が『つ』である私なのだから、当然『つ』が語り手ではない文章に比べれば『つ』の数は多くなるのが至極当然だ。

ちなみに答えは多分19回だ。弟の『っ』も含めての数である。

話を本題に戻そう。
この小学生はなぜこんなにも私について引っかかっているのだろうか。
もっと他に覚えないといけないことがあるはずなのに、授業中に『つ』が黒板に書かれた時になぜかイラっとした顔をしている。
当然彼女は黒板を見て授業を受けているわけで、文字の私たちからすれば黒板に書かれた瞬間に目が合う子と合わない子がいるのだが、
毎回彼女はこちらを気難しそうな顔で見ている。
私としては、『つ』のことを考えることなんかに貴重な小学生の時間を使ってほしくない。
自分でいうのもなんだが、私は『ナイキ』の次くらいに適当に作られた文字な気がしている。
もう「はらう」か「はねる」かの違いしかないのである。一歩違っていたら世界のナイキになれたであろう、しがないひらがな。
それが私『つ』である。

そんな私のことを気にかける小学生の彼女には疑問しかない。
気にかけてもらって本当に申し訳ない。私が「はらい」を持つ者であったがために、
彼女をあんな気持ちにさせてしまったのだろうか。私の特徴と言えば「はらい」くらいだ。他に思い当たらない。

おなじ「はらい」を持つ者としてた行に『ち』がいる。
「はらい」にイラっとするなのであれば『ち』に対してもそれがなければと思う。
しかし『ち』に対してはマイナスな感情を抱いていないようだ。なぜだろうか。
私の「はらい」以外に原因があるとは思えない。
角度か?書きにくさか?いやいや。私は比較的書きやすいひらがなである。『ゆ』とかより全然書きやすいと思う。
読み方も素直に『つ』と読める。
『へ』を『え』と読む時がある。という事実を突きつけれた時の子どもたちの顔。困惑の表情。
あのようなことに『つ』ではならない。シンプルだからだ。

ああいったむずかしいひらがなに比べてば私は簡単な方だ。
一族でただひとり『づ』というやつがいるが、『ず』と『づ』で混乱を招いた彼は『つ』一族から追放されたと聞いている。

そのくらいわかりやすくシンプルなことにこだわって来た『つ』がイラっとされる原因は何か。
もしかして書き手の問題だろうか。過去に一度だけ、書き手の『つ』の書き方にイラっとされたことがあるが。







娘は世の中のどうでもいいことにイラっとしている。僕がどうでもいいことに毎回物語を妄想しているのと同じように、
「なんでやねん。」が多すぎて彼女自身も世の中にムカつきすぎて困っていそうだ。血は争えない。

最近は『つ』にムカついていた。厳密にはある先生が黒板に書く『つ』の工程に。

「あのさぁ先生の『つ』の書き方にめっちゃイラッとするんよ。」

突然の相談。
いつもの爆音ボイスではなく、相談気味に話しかけてくるときは娘はロートーンである。

「なんなん?なんで?」と聞いてみる。どうせろくなイラつきではない。
相談の導入からして当たり屋みたいなイラつき方だ。えぐい。

そもそも先生にイラつくな。確かに先生の仕草とかに「なにそれ。」って思ったりしたことはある。
先生が朝礼で話しているときの「えー。」の数を数えたこともある。あまりにも数が多かったから。
正解なんて誰もわからないのに友達と答え合わせして盛り上がったこともある。

学年主任が学年集会で話しているときの「ねっ、」の数も数えたことがある。
「ねっ、もう6年生なんだから、ねっ、きちんと、ねっ、整列、、ねっ、しましょう。ねっ。」という具合で腹がよじれるほど笑ったこともある。

大人となった今では最強におもろいコンテンツ製造機やな先生って。とリスペクトの念を持つ。
あんなにつまらなかった全校集会とかを爆笑の渦に巻き込めるポテンシャルを持っているからである。
当時は案の定「何が面白いの!みんなの前で言ってごらん!!それ言えること!?」と怒られた。すごく。
みんなの前で言えなくはないが「今日先生が話し始めてから発した「ねっ、」の数が100を超えたのでおもしろくて。」と全校生徒の前で言えば、
先生は今後朝礼で話しにくくなるかもしれないと思い、全校に共有するのをやめた自分にもリスペクトを送る。
大人になった今、大人はそんなしょうもないこと気にも留めてなかったんやなと思う。

娘のイラつきに話を戻す。

「あのさぁ、『つ』書くときにさぁ…、めっちゃカーブをね、丁寧に、ていねいに曲がるんよ!」

ん?どういうこと?

「た…ち…て書くじゃん?んでそのあとの『つ』のカーブだけすっごいスピード落とす、めっちゃ丁寧に。うざくない?普通に書けやって思うわ。」

うーん、言わんとせんことはわかる。たしかに、『つ』のカーブの突然の減速と重めの払いはイラっとするかもしれない。
そもそも『つ』は『ち』のあとだ。

その前の『ち』のカーブで減速しないにも関わらず『つ』で安全運転に切り替えるのは『ち』に対しても失礼極まりない。

「たしかにそれはムカつくかも。『ち』にもカーブあるもんな。」と僕。
それに関してはまったくピンと来ていない娘。

たしかにイラッとまではいかないにしても「なんで!?ええ!」とは思う『つ』のカーブのみの減速。
先生、もうちょっとナチュラルに『つ』のカーブを曲がっていただけると娘の日常が少しだけ穏やかになる気がします。
バカ親のお願いですが、どうぞ1つよろしくお願いいたします。



『つ』よ。そういう苛立ちだったようやで。やっぱり「はらい」の部分もちょっと関係あったな。
でもあなたの推理どおり99パーセント書き手の問題でした。

ご報告まで。

あざした。





そんで『つ』って何個出てきた?



おわり



【ライター紹介】
たにべえ。平成生まれ平成育ち。
2019年春~広島→雲南。
お酒大好き。3児の父。週7バスケのバスケバカ。