チャイムが鳴った。
その日は珍しく、自宅に僕以外の誰もいなかった。
『Netflix』を観ているときは必ず居留守を使っていた広島暮らしの時と違って、
田舎のチャイムからは、
「いることはわかっているんだぞ。早く出てこい。」
と、いわんばかりの圧力を感じる。
全部答えを見て、いそいそと春休みの宿題を終わらせた気分と似ている。
春休み明けに行われるテストの点数と、春休みの宿題のドリルの出来栄えがリンクしていないといけないあの感じ。
「答えを見たけど全問正解~!!」という出来栄えのドリルを提出しようもんなら、テストの点数が悪かったときに一瞬でバレる。ので、数問に一度は間違えるという任務を遂行する。
そして間違え方もとんちんかんな間違いや空欄を連発していると疑惑が強まるので、絶妙なラインを探って、惜しい答えで間違える。
結果、普通に宿題をやった方がいいのでは。という結論に至る。
不正はいつか暴かれるのである。やらないに越したことはない。
話を戻す。
例えば、チャイムを鳴らした人が、二度と会うことのないであろう飛び込み営業のお兄さんとかなら、
「ポスト入れといて~。」って言える。
だが、田舎でチャイムを鳴らす人は、『地域の人』か『生協さん』か『なんらかの選挙の立候補者』と決まっているので、今後も顔を合わせることしかない人だと思うと、
居留守を使うという選択肢は僕には残されていなかった。
ちょうどその時、1人で『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』のアニメ(「めんま、みーつけた!!」のラストのところ通算60と数回目)を観賞していた僕は、
じんたんの如く、夏のけものに取りつかれたかのように重い腰を上げ、インターフォンを見た。
おじいが一人。
立っている。
見たことのないおじいではあるが、地域の人かもしれないので、
インターフォン越しに対応する。
「はーい。」
「あ、どーもどーも。」とおじい。名乗らない。誰なんや。
おじいの心の声が聞こえる。
「おいおい出てこいや早く。玄関先までこらんかい。何をインターフォン越しで終わらせれるかな~みたいな感じ出しとんねん。」
この心の声を島根県民風に変換して言葉にすると、
「あ、どーもどーも。」である。
これが島根県民が奥ゆかしいと言われる所以だ。
と、主観200%で無駄な思考をめぐらす。
僕は寝ぐせのついたひどい顔面のまま、パジャマ姿で玄関を開けた。
とたん、目が覚めた。衝撃だった。
そのおじいは右手に大量の『Ofuda』を持っていた。
いやいや、ちょっと待ってよ。
今から悪霊退治に行くんですか?さすらいの霊媒師?そっち系の?
それとも、この地に大規模な結界が貼られる予定?その依頼?
今から『人類 対 巨大生物』始まるとかそういう感じなん。
と、思うほどに夥しい量の『ofuda』。を、握りしめる右手。
『知らないおじいさん×田舎の殺風景×ofuda』のカルトホラー三大要素が目の前の現実に揃っていることに驚愕していると、
左手で一枚、お札を取って、ニコリとほほ笑み、僕に差し出した。
このドアを閉めたい。
こわい。
普通にこわいよ。
なんの地域性も信仰文化もわかっていない移住者の僕に、
この紙切れ……もとい『ofuda』を受け取れと?
結構『ofuda』自身のルックスも仰々しい。
文字が、「ぶわぁぁぁ!!!!!」って書かれている。
これからカルトホラー映画が始まる予感しかしない。
村人が信仰する『●●教』みたいなやつがあって、実は移住してくる者たちは生贄に…みたいな展開が予想される。
それしかもう想像できない。とんでもないところに移住してしまった。
続けておじいは言う。
「これ、家のどっかに貼って。」と。
いやいやいやいやいやいや。
わからんって、おじいちゃん。きついっておじいちゃん。
やっぱり結界?
村人たちの家にある1枚1枚の『ofuda』が、ラスボスと戦う時に徐々に体力を削り、長期戦に持ち込んでいくみたいな展開のやつか。
老人キャラが最後の力で残した結界とか呪縛的なやつか。
「おのれ老いぼれがぁぁ!!」みたいな感じでラスボス倒せるパターン、よーあるけど。
僕は猛烈にこの地域に移住したことを後悔した。
「え…。」と思考と体がフリーズし、恐怖におびえる僕におじいちゃんは、またニコリとほほ笑んで
「忙しい時にごめんだったね~。」と我が家の玄関を閉めた。
バタンという扉の音と同時に、硬直から解放される僕。
慣れない田舎暮らしの洗礼をさっそくモロに受けた僕は、家でワナワナと震えることしかできない。
ZONEの『secret base~君がくれたもの~』がテレビから流れる。そうだ。『あの花』見てたんだった。
とにかくこの『ofuda』をどうにかしないと。
ただ、今の僕にこの『ofuda』をどうにかする術はない。
そもそもこういうものが家にあったという経験がない。
マンション暮らししかしたことのない僕にとって、
和のテイストで身近なのは畳だけである。
まず、キッチンのカウンターに『ofuda』を据え置き、見つめる。
筆で力強く書かれた…いや、描かれたといってもいいほどの画力があるその文字たちが改めて恐怖を煽る。
この『ofuda』がどんな効果を持っているのかという説明は全くなかったわけだが、
少なくとも『ofuda』には良いイメージがない。ホラー映画でしか見たことがないからである。
その『ofuda』が今、目の前に、三次元で存在している。こわい。
あ、和テイストのRPGといえば『天外魔境』だな。なんて考えながらしばらくそれを眺めていた。
しばらくして、妻が買い物から帰宅した。
さて、妻にこの恐ろしい状況をどう伝えるか。僕の葛藤は始まった。
やっぱりここは
「なんかおじいさん来て、『ofuda』渡されたわ!めっちゃ怖くない!?」
という変なテンションで素直に絡むのが正解だろうか。
「島根怖いとこやな~。」と、嫁ターンしたらこんな目にあったわ。みたいな嫌味もかましとこうか。
逆に
この紙切れには触れず、妻がごみと間違えて捨てたあとに、
「あー!!『ofuda』捨てたな!祟りじゃぁぁぁ!!祟りじゃぁぁぁぁぁ!!!」
って騒ぐ方が呪いごと妻に被せることができそうな気もする。最低である。
どっちにしてもアレのことが本質的に解決できるわけではないな、と冷静になった僕は
とりあえずカウンターに据え置いて、妻の反応を伺った。
その日は『ofuda』に触れられることもなく、夕方には子どもを保育所に迎えに行き、
晩酌をしている途中、カウンターから『ofuda』がなくなっていることに気付いた。
「あれ?ここに『ofuda』なかった?」
「いや、無かったよ。」と妻。
「え~まさか捨てた!?やばくね??」
「いや捨ててないって。無かったって。てか何なん『おふだ』って。」
そうか。まぁどっちでもいい。
『ofuda』が仮に間違えて紙切れとして捨てられてたとて、
家の中に貼る予定もなかったし。貼る場所もなかったし。
もう無かったことにしよう。
最初から『ofuda』もおじいさんも来なかったことにしようと思った。
けど、あの『ofuda』はなんだったのか。
あのおじいさんは誰だったのか。未だに謎のままである。
移住して2年目の4月以降、あの『おふだ』を持ったおじいさんは来なくなった。
僕とおじいさんだけの秘密『ofuda』。
あなたの家にも、『ofudar』がやってくるかもしれない。
しょうもな。
うーん…
マジでアレ、なんやったんやろ。
田舎に移住したら、土地の信仰とか、古くから伝わる何かしらの伝統とか、
よそ者の僕からすると若干恐かったりする。
伝統そのものや信仰そのもの、というよりは、
その土地に住むのであれば当然それを信じることが原則という“空気”に対してである。
ちなみに僕はこの『ofuda』の件以降に、そういった関係の勧誘も受けたことがないし、
とくに宗教的なこと、信仰的なことで地域とうまくいっていないということも、まったくない。
(そもそもこの件がなんだったのか、地域のものだったのかも不明。)
ただ、移住した当初、この体験からマジで怖くてしばらく寝不足になったし、
信仰しない我が家を異端扱いされないかと不安が募ったのは事実であるので、移住希望者さんのためにも書いておきました。
ちなみに僕の妻は広島に住んでいた頃、
タクシーの運転手から毎回宗教の勧誘をされながら飲み会から帰宅してキレ散らかしてました。
まぁどこに住んでもそういうことってあるんですけど、
島根県は結構オフィシャルな感じというか、
変な意味ではなく、地域の人の神様への信仰心が厚いのがスタンダードな気がしています。
未だに11月にデカい旗(それも文字がぶわぁぁぁぁあぁ!!って筆書かれたやつ)が、たくさん立っているのを見ると、
少しだけ怖いなって思います。
あれだけは4年住んでも見慣れない風景の1つです。
おわり。
【ライター紹介】
たにべえ。平成生まれ平成育ち。
2019年春~広島→雲南。
お酒大好き。3児の父。週7バスケのバスケバカ。