空き家を探す

2023年06月11日
ぽんぽこ仮面

田植えと青いトロッコ列車


5月某日朝。雲南市大東町下久野地域にて、田植えが行われた。田んぼは久野川のそばに位置し、またすぐ横をJR木次線の線路が走る。この日は東京からも沢山の応援が駆け付ける日だった。雲南へ国内留学している高校生も。前日までの大雨で、実施が危ぶまれた中、何とか持ちこたえた空模様に安堵の表情を浮かべていた面々。土と触れ、汗をかくことの喜びが皆の表情を柔らかくしているようだった。下久野に響くトロッコ列車奥出雲おろち号が、集った人たちへ汽笛のエールを送った。
 

人が集う地域、雲南市大東町下久野

 今回の田植えは、多くの人の関わりがあった。人と人を繋げたのは、雲南の教育系の団体ineと下久野唯一のカフェippoのマスターだ。下久野地域の人たちは勿論、東京から雲南市に移住したプロのピアニストも参加した。また、東京から認定NPO法人カタリバやBofAの心強い仲間が遠路はるばる駆け付け、普段は静かな地域が活気に溢れる。

 また、1人の高校生の姿もあった。『地域みらい留学365』という内閣府の主催する、高校2年生の1年間を国内留学するという仕組みがある。海外留学ではなく、国内留学だ。彼女はその仕組みを使い、東京から雲南市の大東高校に1年間留学する高校2年生。『地域みらい留学365』は、現在全国で22の学校・地域でしか認められていないが、そのうちの2つが雲南市にある。大東高校と三刀屋高校、人の還流を受け入れ、認め合う文化が教育にも根付く。

 総勢20名近くの人が集い、初対面の人が多い中、それを感じさせない一体感と笑顔がそこにはあった。
 

トロッコ列車からの汽笛のエール
 
 田植えが始まって間もない頃、作業をする人たちの背中の方から、「ブオーッ」という大きな音が聞こえる。曇天の中、汗かく人たちを鼓舞するような音が響いた。

 青いトロッコ列車がゆっくりゆっくり近づいてくる。「おーい、トロッコ列車が来たぞー」とマスターが、周囲に声をかけると、皆がトロッコ列車のほうへ駆け寄る。そして、トロッコ列車の乗客たちへ「おーい」と手を振る。ようこそ下久野へ。乗客たちもそれに応え、列車から沢山の手が揺れた。田んぼから何度も何度も手を振り、列車の後ろ姿が見えなくなるまで、「おーい」と声を上げ続けていた。

 JR木次線のトロッコ列車奥出雲おろち号は今年の秋が最後の運行となる。チケットが取れないことも多く、その姿をカメラに収めようと鉄道写真家たちも多くいる。しかし、今年がその青い姿の見納め年になるのだ。田んぼから手を振った下久野の人たちの胸の中には、残された少ないトロッコ列車との日常を噛みしめるような思いもあるだろうか。
 

土と水と戯れる時間

 さて、田植えはというと、皆まるで初心者だ。マスターと下久野のベテランたちが、田植え機の使い方や手植えの仕方をレクチャーしてくれる。皆、笑顔を見せながら、真剣に土と水と戯れ、苗を植えた。東京から来た大人たちは大きな笑い声をあげ、東京から雲南に留学してきた高校生は、「初めての経験だけど楽しい」とジャージを泥でカッコよく汚した。ピアニストは田植え機で蛇行運転し、周囲に笑いの渦を生んだ。

 お昼に近づき、いよいよ田んぼが苗で埋まった。年も出身地も関係なく言葉を交わしながら田植えをし、気持ちの良い汗をかいた。言うまでもなく、充実感の満ちた表情がそこには並んでいた。20人もの人が土と水と戯れ、人と人、人と自然とが協働し合い、生きていることを実感した1日。秋の実りに願いを込め、皆でご飯を食べ、マスターがこう締めた。

 「交流することで元気がもらえる。また、集まりましょう。」
 
 下久野の田植えが媒体となり、沢山の人との交流を生んだ。沢山の人の思いがブレンドされたこの米はきっと美味いに違いない。秋の豊作と、この米を食べる人の腹と心が満たされることを願うばかりだ。




【ライター紹介】
ぽんぽこ仮面。京都府与謝野町出身、9年間東京で過ごした後に雲南市へ。
お風呂すき。サウナすき。キャンプすき。
毎日わくわくした大人でいたい教育業界の人。