後藤幸治さん
大阪の大学を卒業してから20年ほど大阪に住んだあと、京都に10年住んでいたので、都会で暮らした経験しかなかったです。移住する気は全くなかったのですが、3年ほど前から妻が「移住したい」と言うようになりました。妻の実家が出雲市だったので、出雲市に帰るというなら少し想像できたのですが、雲南市という聞いたことのないまちの名前を出してきたので驚きました。どうやら、移住フェアに行って情報収集したり、雲南市の方と出会う中で、妻の中でどんどん「移住するなら雲南市がいい」という気持ちになっていったようです。妻の勢いにおされるような形で、僕は一度も訪れたことのない雲南市へ移住することとなりました。 妻の実家がお茶屋さんだったので、漠然とお茶づくりをやってみたいという思いがありました。以前から奈良県で自然農栽培した3年番茶を製造している方と知り合っていたので、何気なく雲南市へ移住することを相談してみました。すると、その方が1年後に雲南市の『社会福祉法人あおぞら福祉会』と農福連携のプロジェクトを立ち上げ、お茶とブドウの栽培を予定しているという情報をもらい、すぐに社会福祉法人あおぞら福祉会を紹介していただいて、働くこととなりました。とはいえプロジェクト開始は1年先だったので、最初はふるさと島根定住財団の産業体験事業を活用し、1年間介護の仕事を行いました。現在は障がい者の方たちと一緒にお茶とブドウの栽培を行っています。関西での出会いが雲南市での仕事のご縁に結びつくとは思わず、ビックリしましたね。 定住企画員に空き家バンクの物件を紹介してもらいました。移住前に妻が物件を見に行き、とても気に入った様子だったので、「そんなに気に入ったのならここに決めようか」と。僕は妻が撮影した写真だけで直接物件を見ていなかったのですが、とても広く、何よりも家賃が安かったので、妻を信じて決断しました。最初は畑がついていることもうれしいと思っていましたが、住んでみると手入れが大変で…。でも、面倒だと思っていた畑の手入れも徐々に慣れてきて、今は楽しめるようになりました。里山暮らしに順応していっているのかな、と思っています。
  ずっと都市部で暮らしていましたが、人混みは苦手で、休日も山や川など自然を求めて出かけていたので、元々田舎が好きだったんでしょうね。雲南市は自然に溢れた場所なので、僕からすると魅力満載な場所です。
雲南市に住んで感じたことは人と人とのつながりが密だな、と。自治会に入って、集落がこんなにも濃くつながっているのかと驚きました。都市部ではそんなつながりはないので最初は戸惑いましたが、みんなで協力し合って地域を守っていることがわかり、自分も住んでいるイチ住民として一緒にやっていかなければ、と思います。 虫が苦手だったので、虫の多さに困っています。今でもハチやムカデ、マダニなど、人間に危害を加える虫は苦手だけど、ほかの虫は慣れてきました。仕事柄、危険な虫には遭遇しやすいんですよね。あとは、現在の住まいが傾斜を200メートルほど登らないといけないので、雪が降ると大変です。雪かきも200メートルしないといけないし…。冬は怖いです。
  新型コロナウイルス感染症の感染拡大もあり、都市部に住む不安や疑問を抱える人が多くなったと聞きます。田舎には土地もあれば、豊かな自然環境もある。こんな世の中だからこそ、地方移住を決めるなら今のタイミングだと思います。僕も最初は移住に全然前向きではなかったですが、移住して本当によかったと今は感じています。タイミングやご縁に身を任せて移住を決断するのも、僕はありだと思いますよ。



 
後藤幸治さん
2017年10月に京都府からIターン
<2020年11月取材>