坊将一さん
京都府では、とにかく人の入れ替わりが激しい場所に住んでいました。人混みが苦手で、できるだけ人の少ない場所に住んでみたいという思いはずっとありました。ですが、何よりも移住のきっかけになったのは、自分の将来の夢です。昔から動物が好きで、“動物縁”をつくることが夢でした。高校生になり、いよいよ進路を決めるというとき、日本中の動物園に電話をして、「自分はどんな動物縁をつくったらいいか」と尋ねました。すると、ある動物園の園長さんから「日本には様々な社会問題があって、その問題を人の手だけでなく生き物の手を使って解決すると、世界一の動物縁ができる」という回答をもらい、その言葉が自分を動かしました。当時、社会問題なんか全然考えていなかったので、まずは社会問題というキーワードでネット検索すると、島根県がヒットしました。島根県は過疎の最先端という社会問題を抱えていることを知り、「島根県に行きたい。島根県で動物縁をつくりたい。」と考えるようになり、当時は大学進学も考えていなかったですが、まずは島根県で学ぶことから始めようと思い、島根大学に進学しました。
  大学2年生のとき、雲南市の起業塾『幸雲南塾』に参加したことが雲南市に関わるきっかけでした。チャレンジできる環境が整っていることや、同じように夢を抱いてチャレンジする仲間と出会えたことは、僕の中で大きかったです。市役所の職員や地域の皆さんが自分の夢を応援してくれて、雲南市は本当に人があたたかいな、こんな環境は他にないな、と思い、雲南市に住みたいと思うようになりました。雲南市に移住できたのは、地域自主組織『久野地区振興会』会長の中西さんの存在があったからです。中西さんとは幸雲南塾で出会い、休学中に島根県を離れたときもずっと交流がありました。今、雲南市で暮らし、仕事ができているのも中西さんのおかげです。ほかにも雲南市との関わりといえば、学生時代に雲南市大東町にある山王寺の棚田へ通っていました。当時から農業に興味があったので。大学から片道4時間かけて、自転車で通っていました。
  元々農業をやってみたいという思いと、できたら雲南市で暮らしたいという思いがあり、中西さんにお話してみたら「うちで働きなさい」と言われました。中西さんは『株式会社大東農産加工場』の社長でもあり、雲南市内で生産される農作物を使って商品開発を行っていました。現在は大豆等の生育の担当をしています。雲南市は使える農地がたくさんあり、農業がしやすい環境です。やりたいことを仕事としてやらせてもらえている今の環境があるのも、中西さんとのつながりがあったからこそで、人と人とのつながりは本当に大切だなと思います。
  いろいろと住まいの情報を見ていたのと、たくさんの人から情報をもらいましたが、最終的には中西さんから紹介してもらった空き家に住むことにしました。1人で住むには広いですが、交流会やカレーパーティなど、その広さを活かしてたくさんの人を招いています。
  松江市と出雲市は30分、出雲空港も20分、高速のインターがあるので広島方面にも行きやすいというアクセスの良さを実感しています。小・中・高校とコンパクトにまとまっているし、病院やスーパーも揃っていて、生活面がとても充実しています。雲南市に住んでいる皆さんが雲南市のことが好きな気持ちが伝わってくるので、住んでいて気持ちいいです。「こんな田舎に来ないほうがいい」よりも、「よく来てくれた」「こんな仕事や家があるからおいで」と言ってもらえる雲南市は素敵です。
  お酒好きとしては、お酒を飲む場所が少ないので寂しいです。タクシーが少ないので、飲みに出ることも少なくなってしまいます。ですが、近所のおじさんと一緒に家で飲むことが多くなりました。交流がてら、楽しく飲んでいます。雲南市の中でも特に雪が積もる地域に住んでいるので、冬は大変です。また、雲南市内に流れる有線放送があるのですが、有線を聴いていること前提で生活のベースが成り立っているな、と。地域の行事のことや冠婚葬祭について、誰かが教えてくれるのではなく、有線で流れている情報をキャッチしないといけないので、仕事などで聴けないときは録音しています。有線の大切さを実感しました。
  長男なので、実家のことなども考えます。だからこそ覚悟を持って雲南市へ移住しました。移住してきた人の中に「なんとなく移住した」という人はいないと思います。皆さんそれなりの覚悟を持って移住してくるはずです。そんな覚悟を、恥ずかしがらず地域の皆さんにお話してみると、地域の皆さんも自分のことを受け入れてくれて、そしてこれからの移住生活を一緒に考えてくれます。雲南市はそんな体制が整っているので、自分に自信を持って移住してほしいです。移住者はすごいと言われますが、僕からしたら、ずっと地域で頑張っている人がいて、チャレンジできる土壌をつくってくれているから、僕たち移住者も頑張れると思います。確かに、田舎では「移住者は何かやってくれる」と期待している人もいます。でも、特別なことをする必要はなく、自分もその地域に住む1人の住民として自信もって生きていくことが大切です。全国様々な田舎があって、移住先も悩むと思いますが、もし島根県の中で悩んでいるのなら、ぜひ雲南市で1人の住民として一緒に楽しく暮らしていきましょう。



 
坊将一さん
2018年4月に京都府からIターン
<2019年2月取材>